Q.大阪でサラリーマンをしている私の子供は、会社を継ぐために地元に戻ることはもうありません。私は自分の年齢的なこともあり、会社の主要メンバーの前で「会社をたたむことにする」と宣言しました。すると後日「自分に会社をやらせてください」と、リーダー格の社員からお願いされてしまいました。少々戸惑っています。どうしたらいいのでしょうか?
こんな話の展開はよくあります。
会社をたたむつもりが、途中で誰かに継がせる方向に路線変更したり、M&Aになったり。
逆もあります。誰かに会社を継がせるつもりだったものが、結局廃業になるケースも。
いくつかの視点からご相談の件を検討してみましょう。
結局、社長の本心はどうなの?
まず従業員サイドからの「会社を継がせてほしい」というお願いに対して乗っかるべきか、断るべきかです。
会社を継ぎたいと言ってもらえたことについては、きっとうれしい気持ちもあることでしょう。
とはいえ、継がせるかどうかは社長次第。
しっかり検討して決めていただきたいところです。
後ほどこの手の話の課題も述べさせていただきますので、そのあたりも加味したうえで決めてください。
ご自身が納得できる決断をしていただきたいと思います。
そのためには素直に自分の気持ちに従うのが正解なのでしょう。
従業員から頼まれると、いい顔をしようとしてしまうのが社長だったりします。
また、会社は残さなければいけないという義務感が芽生えることもありそうです。
しかし、本心ではないところに軸を置いた決断は、未来の納得を遠ざけてしまいかねません。
M&Aの話としてケジメをつける
もし従業員からのお願いに対して、社長もそうしたいと思うならば、会社(事業)を譲ればいいでしょう。
この先はM&A的な取引が基本となります。
もちろん、外部に会社を売るときのように「できるだけ高く売るぞ」という意欲はないのかもしれません。
また継ぎ手としても「すべての契約書を事細かにチェックさせてもらいます」と、厳格な審査を求める意思はないかもしれません。
しかし、第三者間での取引になる以上、原則はM&Aなのです。
しっかりと基本を押さえなければいけません。
当事者が基本を分かっていないのに話を進めるから、後になってトラブルを招いてしまうのです。
株式譲渡か事業譲渡か。譲る資産や負債、権利義務は何か。有償か無償か。有償ならばいくらか……。
基本に立ち、詰めるべき論点を詰めなければいけません。
そもそも「会社の売買だなんていわず、もっと緩くやればいいじゃないか?」なんて意見もあるかもしれません。
たとえば会社は先代社長の所有にしたまま、ただ社長だけを交代するような感じです。
雇われ社長パターンという感じです。
たしかに理屈上できなくはありません。
でも私としては大反対です。
こういう「なあなあ」な決着はろくなことになりません。
話がこういう中途半端なところで落ち着いてしまう原因は、お互いに甘えがあるからです。
であれば、いずれうまくいかくなることも予想がつきますね。
きっちりケジメをつけることが大切な場面です。
従業員は経営をあまく見ている?
私のこれまでの現場体験で感じた、従業員への事業承継を進めるケースでの課題をお伝えしておきます。
話を進める際の注意ポイントとしてください。
まず、会社を継ぎたいと言っている従業員の力量です。
社内では仕事ができたって、それと経営ができるかは別の話です。
従業員には見えていない経営者の仕事がかなり存在しているのが普通でしょう。
従業員から見ると、会社の運営はどうも簡単に思えるのかもしれません。
過去に、会社をたたむと言った社長に対して、従業員が「2400万円で仕入れた商品を、4000万円で売れるのだから、それだけで1600万円も利益が出るんですよね」と主張した事例がありました。
そんなにおいしい商売なんだから、自分たちでもやれないわけがない、というのです。
しかし、いざ事業承継の話が進んでいくと、心が折れて「やっぱり自分たちには無理です」と白旗を上げました。
従業員には経営の本当のところの難しさが見えていません。
それゆえ、承継の話は途中で頓挫したり、承継させたとしても、その後の経営がうまくいかないことが起きがちです。
金の問題も
お金の課題もあります。会社や事業を譲るとなれば、本来はそれなりの金額を対価として払ってもらうのが筋です。
しかし従業員には、そのための資金がないというのもよくある話。
借金で資金を作るとしても、金融機関に対する信用力だってありません。
なんといっても、これまでの経営実績がないのですから。
従業員に会社を買いとる金がない。このとき、分割払いにしてあげることもできなくはありません。
でも、そうやって関係性がズルズルと続いてしまうことはオススメしません。
あと腐れなく、きっちり、すっきりと処理することが大切です。
上司と部下の主従関係はいつまでも
これまではあなたが社長で、従業員は部下でした。
しかし、会社の譲渡の交渉においては、売り手と買い手です。
交渉相手であり、対等な立場であるはずです。
ところが、場面が変わったからと言って簡単にこれまでの関係性は変わりません。
それゆえ、事業承継の話になっても、どこまでも主従関係が引きずられてしまうのです。
社長のあなたからすると、相手がいつまでも部下の立場で振舞ってくれたら都合がいいと思うかもしれません。
口うるさかったり、こちらの主張に反対してくるのは面倒です。
しかし、主従関係が続くと、どこかでしっぺ返しが来ます。
社長の言いなりの従業員は、自分では動きません。社長に依存し続けます。
そうなると、何から何まで社長が手をまわしてあげなければいけなくなります。
覚悟も責任ももっていないので、何か不都合が起きれば社長の責任を追及してくるでしょう。
もちろん、経営者になってからも、自立心がない人間が成功することはありません。
交渉の当事者が、上司と部下という関係だからより難しいという面があるのです。
第三者の専門家を関わらせるか
お互い相手のことを知っているからこそ、話を詰めるべきことがキッチリ詰められないということになりがちです。
適当でいいよね、という雰囲気になってしまったり。
また、そもそもお互いが素人同士なので、何を詰めておかないと後々問題になるかが分かっていなかったりします。
このあたりは、専門家をはじめとする第三者の活用というテーマにつながります。
外部への一般的なM&Aならば、専門家に関与させることは当然だと皆が思います。
一方、今回のような内部の話では、そういった人間は不要だと考える方が多いのではないでしょうか。
でも私からすれば内輪の話にも専門家はいたほうがいいと考えます。
第三者が関わらないと、先ほどの主従関係を基礎としたコミュニケーションのままになってしまいます。
専門家が関与することで、流れが変わり、はじめて取引の話ができるのではないでしょうか。
もちろん専門家ならば、何を話し合うべきかもわかります。
ここはお金をかけるポイントだと思います。
もちろん誰に依頼するのがいいかという専門家選びについては、また別の論点があります。
ちなみに私も、当初廃業予定だったものの、途中から会社を従業員に継がせることになった仕事を請けたことがあります。
あのときは社長さんから大変感謝されました。
「廃業の依頼をしていたのに、従業員への承継までシームレスに支援してくれて本当に助かりました。こんな方は、他にいません」と。
ちょっと自慢させていただいちゃいましたが、専門家選びの参考になる点かもしれません。
廃業も承継も本来つながっているので、両方扱える専門家を見つけられるといいですね。